水曜日は休養日、と言う事で赤穂に行ってまいりました。
今や映えスポットとなっている伊和都比売(いわつひめ)神社の鳥居と瀬戸内海。
私はやっぱし伊和大神の姫君が祀られていると言う事が最大の目的。
ただ私的には龍野の伊和神社の方が伊和都比売を祀るに相応しいと思うのです。
宍粟の伊和神社との位置関係、揖保川を下れば龍野の伊和神社がある。
その伊和神社はその昔神社麓まで海だったと記述がある。
伊和都比売の「都」の「ツ」とは「津」ではないでしょうか?
「津」とは船着き場、港を指すので、姫には相応しく、
それが揖保川沿いで繋がっている事から、赤穂の伊和都比売神社よりも、龍野の伊和神社の方が、、、と。
伊和都比売神社の近くの川には千種川があるが、宍粟の伊和神社との関係性は。。。う~む。
関係性と言うかなんとなくで言うと、彦星と織姫の話に似てなくもない。(似たような諸説アリ)
でも東郷平八郎が戦勝祈願に来ていたり、その他歴代の連合艦隊司令官長が来ていたりで、何やらはあるのでしょう。
ここも勿論「津」なので、「地元漁師も航海安全と大漁祈願は後をたたず」とある。
何よりめちゃくちゃ良いところです。
正面から。
天気に恵まれ、○○ブルーと言いたくなりますね 笑。
鳥居目下には、
畳岩と呼ぶところがあり、大昔にはここに伊和都比売神社があったそうな。
上陸してみました。
清々しい。
そこから移動し、坂越の方へ。
坂利太でアイスを食べたかったがお休み。
その店前に「坂越まちなみ館」と言う案内所があり、
(元々銀行やったそうです)
マップを頂いたり、周辺について色々と話を聞かせて頂きました。
近くには秦河勝を祀る「大避神社」があり、墓所がある生島もあるので色々と。
秦河勝と言えば色々と都市伝説的な事を言われていて、私としてはめっちゃ気になる存在であります。
案内所では「大避大明神」と書かれていたので「神仏習合の名残りですか?」と伺うと、「そうです。今でもそう呼びますよ。」との事。
阿形と吽形。
拝殿。
家紋が八つ矢車?かな。
これも秦氏の流れでしょうか?
和船。
生島の神事に使われとったんかなぁ。
(説明板読むの忘れていたので解らん)
生島。
樹林は原始林で天然記念物です。
のんびりしていて、ほんまにええところ。
良き休養日でおました。
オマケ↓↓
酒屋の「三木」さん。
酒屋さんの名前、私の同級生にもいたが三木さんが多いんよね。
宍粟の酒屋にも三木さんいたなぁ。
「神酒」からやとは思うが、
ちなみに「神酒」は「ミキ」だけでなく、「ミワ」読みもし、「伊和」の元の名は「神酒」(ミワ)です。
面白いもので。
死ぬまでに大和の三輪と播磨の伊和との関係性を明らかにしたいな 笑。