jfcgym’s blog

山と格闘技と私

播磨國山歩命。

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昨日仮で作った布パッチ。(三角点標石と撮る感じで)


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これを筆ペンで。

播磨國山歩命(ハリマコクヤマアルキノミコト)

 

先日、


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播磨国風土記を歩く」を読んでいたら、


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「播磨の誕生地があった」と。

勿論こちらも一説に過ぎないかもしれないが、兎にも角にも行ってみようの今日です。

どうせならと、あそこの古本屋行こうだの、ここ行こうだのとアレやコレやと調べたり。


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※左上の「萩原神社」が播磨の誕生地とされているところ。

色々あるな~、と。
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お、伊和神社もあるやん!等々。

んで紙地図を起こす。


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そして今日、一先ず萩原神社に。


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これが井戸跡?なんかな。う~む。


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こっちかな?う~む。


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との事で、う~む。。。


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新聞に掲載されたそうです。

 

播磨国風土記では(引用します)↓

 

土(土壌)は中の中。
神功皇后三韓征伐からの帰途、この地に泊まられた。すると一夜にして萩の根が生えた。そのため、この地を萩原と名付けられた。
そして、井戸を作られた。針間井という。

 

とまぁ「播磨」の由来の一説となっているが、どうなんやろう?

っぽいと言えばっぽいが、私としては「針麻」「飾麻」で秦氏、機織りからの流れがあるんじゃないかなぁ、なんて思ってますが。


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建てかえる前の萩原神社。

裏側に、


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五輪塔っぽいのがあった。(一つ崩れていたので直しておきました)


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そう言えば今日行く予定の山には三等三角点「中島」がある山の名前は権現山で、権現と言えばいわゆる神仏習合の1つで、仏や菩薩が仮(権)に姿を変えて日本の神として現れる事を指す。

萩原神社もその関係があるんやろうか?

ちなみに祭神は息長帯比売命神功皇后)と天伊佐佐彦命(吉備津彦命)との事。

(仲哀天皇応神天皇とちゃうねや、と)(う~む)

仏教も元々は渡来人の流れですよね。

(それを推す蘇我に反対する物部、の云々かんぬん)

(これこそバリバリの作り話やったらオモロいよな 笑)

(そもそもがイザナミの左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれって、どんな世界観やねんって話なんやけども 笑)

言っても神道の場合は仏教だけでもありません。


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陰陽道や、道教ヒンドゥー教ゾロアスター教、等々との事で日本人は最古のハイブリッド人種と言われるのもやっぱし宗教も大いに関係しとんやろうな、と。

それこそユダヤだってありえん事では無い。

仏教にしても受け入れるまでには並大抵の争いではなかったやろうし。

今でこそ日本人にとって仏教も普通ではあるが、かつては他国の宗教やったんやからね。

これから外国人を受け入れるだ何だと騒がれているが、それと似た感じなんかなぁ、と。

そりゃ神社本庁を離脱する神社もあるよ、と。

教派神道13派も生まれるよ、と。

他国のものを受け入れられへん人もおるよ、と。

伝統を守りたい人もおるよ、と。

おらん方がおかしいもの。(みつを)

言っても私としてはお金や教えが発生しない本来の古神道八百万の神を推しますが 笑。

 

それからは山や古本屋の前に先ず腹ごしらえやな~と道の駅を行くも満員御礼で入れず、先に行きたい山が入れるのかどうか見に行くかと行ったら車が停めれる場所は無く、停めれてもそこそこ歩き(それはええねんけど)、その歩くのが危険過ぎる 笑、と一旦諦めました。

後ろから車にドーン突っ込まれたら終わりやな~なカーブだらけで、さすがにこれは危険やな、と。

ま、別のアプローチを考えるか~、です。

 

そんで古本屋周辺でご飯屋や弁当屋を探すも、ご飯屋はいっぱいの弁当屋は売り切れでまた撃沈。

 

で、


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古本屋で購入したもの。

兵庫県の歴史散歩」上、下。

「播磨学講座 神は野を駆けて」

「探訪 ひょうごの滝 PART3」

(総じて「地元の事しか興味無いんかワレは」ですね)

 

それからは一先ず権現山の諸々を下見に行こうと、


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梶山城跡登山口を発見したり、


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皇子神社に行ったり。(こちらからも権現山古墳へ行けます)(P有り)

ただこちら調べると「ごんげんさん」の名前で親しまれているらしく、


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八王子大權現と書かれていた。

やっぱし神仏習合の流れがあるのか?

尚、祭神は第23代天皇顕宗天皇である弘計王命(ヲケ)と第24代天皇仁賢天皇である億計王命(オケ)との事で、「お~OK兄弟や!」と何気にテンション上がりました 笑。

その為名称としては「王子権現神社」が正しいのかな?


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権現山古墳の案内。

 

それからは宍粟一宮の伊和神社の分祠とされている同名の伊和神社に。

ここが凄かった。

 


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ここだけでも見るからに磐座信仰なんやろうな、と思わせます。

(ちなみに流れで言うと灯籠も仏教と共に中国大陸から日本に伝わった、と言うのが通説)


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拝殿、


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本殿の奥にドデカイ岩。

そして小祠もある。

う~む。


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左側に行くと、


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昔の祭祀台か?とも思いたくなる様な磐座。


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景色も良しです。

来て良かった。


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下に降りてよく見ると、


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基礎っぽいものがあった。

元々はこっちに社殿があったんかな?

 

そして祭神はやっぱし大国主命となっています。

※本来はオオナムチで役職が大国主と言う説もあり。

磐座信仰としか思えんなぁ、な感じでおます。


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村名?になるんかな、御津町碇岩(いかりいわ)やったり、この次行く近所の神社の名前が


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「揖保石見神社」やったり、なんやったらその北側に「磐座」言うてもとるしね 笑。


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こちらが「揖保石見神社」、めっちゃ立派です。

さっきの伊和神社とはドエライ差があるが(広さは)、伊和神社の社殿は城レベルの立派な石垣の上に建ててあった。


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祭神は誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(どんな名前やねんですが、神功皇后)。


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中では水神のイチキシマヒメ(色々あるお方)を祀っていたり、

貴船神社も、


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あったり。(これが結構ポイントなんかも)

そしてこちらでも、


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磐座。

裏から


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入山出来るのですが、ピーク前にはスラブ岩があって、もしかしたらそこで雨乞い等の祭祀を行っていたんかなぁ、と。

ま、言ってもまだ飯食ってないんで登りませんが()

なんやったら、


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ここまで藪山行の準備をして来たものの、今日結局登らずです()

ここ来る前に寄った弁当屋(上で書いた弁当屋とは別)がまた売り切れで、その時点で今日はもう諦めようと下見&参拝に切り替えたのです。

いや、ひょっとしたら1発目の荒戸で心が折れたのかもしれん 笑。

(装備込みでまぁまぁな覚悟してきたもんやから 笑)

(布パッチまで作っといてからに 笑)

 

 

ま、こんな日もあらぁ~なぁ、っつう感じで。

 

最後にこちら↓


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太子で何やら発掘されそうな感じです。

さすがは聖徳太子由来の地やなぁ、と。

(弥生時代関係あらへんけども 笑)

まぁでも聖徳太子も、


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色々と隠されてそうと言うか、俗説が結構出てきてますね 笑。

厩戸王(ウマヤド)と言えば、的な。

私としてはインターネットでなんでも調べられる時代になった今、いわゆる「通説」には限界があると思っています。

勿論、デタラメも多い事やろうが 笑。

でもそれはひょっとしたら「通説」にこそ多いのかもしれません。

○○文書は偽書だと言うが、○○文書を紡ぐ側は記紀こそが偽書だと思ってるかもしれんしね 笑。


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見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部

でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう